Hirth Martinez Big Bright Street [CD]
ザ・バンドのロビー・ロバートソンに見いだされたアメリカのシンガーソングライター、ハース・マルティネスのセカンド・アルバム「Big Bright Street」は77年にリリースされた。奇才ジョン・サイモンによるプロデュース。全曲ハース・マルティネスのオリジナル構成によるもので、古き良き時代のジャズやルーツ・ミュージックを基にした音楽性の、味わい深いしゃがれたダミ声ヴォーカルが軽やかにビートに乗って本領を発揮、無比な魅力に溢れた特有の味わいがある。ザ・バンドのガース・ハドソンやロン・カーター、ジム・ケルトナー、ドクター・ジョン、ランディ・ブレッカー、クリス・パーカー、ティーヴ・ガッドらが参加。特に「The Mothman Samba」のロン・カーターとスティーヴ・ガッドのリズム隊、この洗練されたタッチは、スティーヴ・ガッドとロン・カーターならではの、さすがのプレイで実に粘っこいリズムが見事。「Love Song」はジョン・サイモンのストリングス・アレンジが聴きもの、これぞアレンジャー、ジョン・サイモンの面目躍如という曲、ドラムはティーヴ・ガッド。ハース・マルティネスはこのアルバムを発表したあと、次のアルバムまで20年以上間が空く、これまたジョン・サイモンのプロデュースで再登場する。
「Big Bright Street」
「The Mothman Samba」
「Love Song」
「Valley of the Music」
George Harrison Extra Texture [CD]
「エクストラ・テクスチャー」は、75年にリリースされたジョージ・ハリスンの6枚目のスタジオ・アルバム。アップルレコードとの契約の下でのジョージ・ハリスンの最後のアルバムであり、アップルが発行した最後のスタジオアルバムでした。ゲイリー・ライト、デヴィッド・フォスター、ジム・ケルトナー、ジェシー・エド・デイビス、レオン・ラッセル、トム・スコット、ビリー・プレストン、ジム・ホーン、ウィリー・ウィークス、アンディ・ニューマークが参加し、キーボードを多用したアレンジはジョージ・ハリスンの70年代初頭の人気作品のロックとフォークロックサウンドからの脱却を示し、新たにソウル・ミュージックを取り入れ、この時点までのキャリアで手掛けてきたソロ曲との大半と比べ、よりソウルフルなアプローチを取っている。ジョージによるスモーキー・ロビンソンへの豪華なトリビュート曲「Ooh Baby (You Know That I Love You)」や「This Guitar (Can't Keep From Crying)」はジョージ・ハリスンの68年の作曲ビートルズ時代の名曲「While My Guitar Gentle Weeps」の続編など、音楽の新しい潮流AOR を感じさせる部分もある非常に美しいアルバムである。
「You」
「The Answer's At The End」
「Ooh Baby (You Know That I Love You)」
「This Guitar (Can't Keep From Crying)」
Paul McCartney & Wings London Town [CD]
78年にリリースされたポール・マッカートニー&ウイングスのアルバム「London Town」。ビートルズ解散後のポールのアルバムとしては8作目、ウイングス名義では6作目にあたる。ジミー・マカロックがウィングスを離れてスモール・フェイセスに加わり、ジョー・イングリッシュがウイングスから脱退し為に、ポールとリンダ、デニー・レインの3人によって完成した(当時リンダは産休に入っていたため、事実上ポールとデニー)アルバムジャケットはポール、リンダ、デニーの3人だけが写っているが、レコーディングには参加していたものの、リリース前に脱退してい為に、アルバム・クレジットにはジミー・マカロックとジョー・イングリッシュもメンバーとして記載されている。伝統音楽に関心が深いデニーの影響もあり、トラッド調の楽曲が多く「Children Children」と「Deliver Your Chirdren」はデニーがリードヴォーカルを担当している。ビージーズが音楽担当した映画「サタディ・ナイト・フィーバー」の大ヒットのサウンドトラックのアルバムがあった為に、73年の「レッド・ローズ・スピードウェイ」から続いていた連続第1位獲得を果たせなかった。 晩年期のウイングスが70年代の締めくくるアルバムのひとつで、トラッド調の楽曲が多い為、派手ではないが優れた作品が多く入っている。ウイングスはこの翌年にラスト・アルバムとなる「Back To The Egg」をリリースすることになる。
「London Town」ポールとデニーの共作。
「Girlfriend」マイケルジャクソンが79年のアルバム「オフザウォール」でカバーしています。
「With A Little Luck」米国でナンバー1ヒットとなった。
「Mull of Kintyre」このシングルはウィングスの英国での最大のヒット曲であり、ビートルズの最大のセラーである「She Loves You」を上回り、英国で最も売れたシングルになりました。93年再発CDのボーナストラックで入っています。
John&Yoko/Plastic Ono Band Same Time In New York City [CD]
Sometime in New York City (Mlps)
- 出版社/メーカー: Capitol
- 発売日: 2007/12/18
- メディア: CD
今日はジョン・レノンの42回目の命日、「サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ」は、72年に発表されたジョン・レノンとオノ・ヨーコによる共作アルバム。71年の9月、ジョン・レノンとオノ・ヨーコはニューヨークに移住した、主な理由はオノ・ヨーコと前夫アンソニー・コックスとのあいだの子供のキョーコの養育権を得る為だった。ありとあらゆるタイプの芸術家を受け入れるニューヨークの自由な雰囲気をジョン・レノンはすぐに気に入り、芸術家や政治運動家と交流の輪を広げていき、本作はジョン・レノンのアルバムの中でも最も政治的な色合いが濃い作品に仕上がっている。LP2枚組のアルバムで、1枚目はジョン・レノンとオノ・ヨーコとのスタジオ録音と、2枚目はエリック・クラプトン、ジョージ・ハリスン、キース・ムーンも参加したチャリティー・ライブに、フランク・ザッパ&ザ・マザーズ・オブ・インヴェンションとのニューヨークでのライブを収めている豪華な内容。政治的な色合いが濃い為にチャートも振るわらなかったが、初の女性解放の曲「Woman Is The Nigger Of The World(女は世界の奴隷か!)」が入っている他、72年に起きた「血の日曜日事件」を歌ったプロテスト・ソング「Sunday Bloody Sunday(血まみれの日曜日)」などもあり佳作の作品が多いアルバムだった。またポール・マッカートニーもこの事件を知って「Give Ireland Back To The Irish(アイルランドに平和を )」を書いている。
「Woman Is The Nigger Of The World(女は世界の奴隷か!」
「Sunday Bloody Sunday(血まみれの日曜日)」
「The Luck Of The Irish」二人はイギリス政府の北アイルランド政策に抗議するデモに参加し、この曲の収益を北アイルランドの市民権獲得運動に送った。マイク・ダグラス・ショーに出演した時の映像。
「Cold Turkey」69年のロンドン・ライシアムでのチャリティー・ライブ。エリック・クラプトン、ジョージ・ハリスン、キース・ムーン、デラニー&ボニーなどが参加。
「Well (Baby Please Don't Go)」71年ニューヨークのフィルモア・イーストでフランク・ザッパ&ザ・マザーズ・オブ・インヴェンションとの共演ライブ、フランク・ザッパのギター・ソロが聴ける。
Instant Funk [CD]
インスタント・ファンク+5[SOUL名盤SUPER SALE]
- アーティスト: インスタント・ファンク
- 出版社/メーカー: SALSOUL RECORDS/OCTVAE-LAB
- 発売日: 2021/12/08
- メディア: CD
インスタントファンクはマンハッタンズやバニー・シグラーのバックバンドを務め、さらに本作のプロデューサーのバンディーノ・シガリッチことバニー・シグラーのバック・バンドとしても活動し、またシグマ・サウンドの数々のレコーディングに携わったバンドでした。グループは76年にフィラデルフィアに移り、ファーストアルバム「ゲットダウンウィズザフィリージャンプ」をリリースし、独自のサウンドを策定し始めました。79年にリリースしたセカンド・アルバム「Instant Funk」からシングル・カットした「I Got My Mind Made Up」は、当時のDJ達に盛んにプレイされ、R&Bチャートとディスコチャートの両方でヒット、彼らの代表曲となった曲です、その後もあらゆるアーティストにリミックスされ、クラブクラッシクスとして生き残っています。体を突き動かすグルーブのファンク・サウンドの連続のアルバムで、心から痺れました。82年のアルバム「Looks So Fine」もオススメです。
「I Got My Mind Made Up (You Can Get It Girl)」
「Crying」
「Don't You Wanna Party」
「You Say You Want Me to Stay」
The Fatback Band Keep On Steppin' [CD]
ザ・ファット・バック・バンドは1970年に経験豊富なセッションドラマーであるビル・カーティスを中心に結成されたバンドでした。コンセプトである「ジャズのファットなバック・ビートに西インド諸島やカリビアンのビートの感覚を加えたファンク」ということでした。4枚目のアルバム「Keep On Steppin'」は74年にリリースされ、この時のメンバーは7人で、ビル・カーティスに加えギターのジョニー・キング、ベースのジョニー・フリッピンにホーンの4人という構成で、当時のクール&ギャングのヒット曲のように演奏が中心でした。そのサウンドはジャズの影響も受けているためメローな曲の出来も抜群でした、甘さとハードさが両立しており、なかなかこれができるバンドは少なかった。サウンド的にもグルーブの追求が主となっていて、ニューオリンズのシンコペーションの効いたリズムも繰り出していたりと、グルーブを重視していたバンドだったからこそ、長きにわたってニューヨークのディスコで人気を博していました。その後は、女性シンガーの加入、ギタリストの交代などがありましたが、80年代半ばまでブレる事無く活動し一定の人気を保ち、2006年に来日を果たし、そのライブ盤も発表されました。
「Mr. Bass Man」
「Love」
「Can't Stop the Flame」
「Breaking Up Is Hard To Do」
「Keep On Steppin' 」
Bill LaBounty Rain In My Life [CD]
ビル・ラバウンティのサード・アルバム「レイン・イン・マイ・ライフ」は79年にリリースされた。
カレッジ時代にスティーブ・イートンと6人組ファット・チャンスを結成して、72年にデビュー、その時のプロデューサーのジェイ・センターがこのアルバムでも引き続きプロデューサーを務めている。前作では、リー・リトナー、ジェフ・ポーカロ、レイ・パーカーJr.など豪華なメンバーが参加したが、今回は自前のバンドでのレコーディングとなった為か粗いサウンドとなったが、その粗さもバンドらしいまとまりとなりレベルアップしている。収録された10曲のうち「Clap Me In Irons」はランディ・グッドラムの作曲で、それ以外はビル・ラバウンティのオリジナルだが、その多くはマイケル・ジョンソンらとの共作となっている。
ビル・ラバウンティの良さはどこか切なく甘酸っぱい曲にある、その一貫した姿勢は、ブルーアイド・ソウルとも言えそうな枯れたソウルフルな歌声と巧みな曲作りで、その作品は時代を超えてAORファンを魅了し続けている。
「Dancin' Tonight」マイケル・ジョンソンと共作しマイケル・ジョンソン自身のアルバムでもカヴァーしている。
「Trail To Your Heart (Sailing Without A Sail)」この曲もマイケルジョンソンによってカバーされ、全米20に入りし、ビル・ラバウンティの名を広めるキッカケになった。
「I'm Hurtin'」この曲もマイケル・ジョンソンと共作で、マーシー・レヴィとのデュエット曲。
「Sometimes Love Songs Make Me Cry」フランキー・ヴァリがカヴァーしている。
「Clap Me In Irons」ランディ・グッドラムの作曲。
Steve Eaton Hey Mr. Dreamer [CD]
スティーブ・イートンのファーストアルバム「ヘイ・ミスター・ドリーマー」は74年にリリースされました。70年代初頭にビル・ラバウンティとファット・チャンスというグループを組んでいたことあるメロー系のシンガー・ソングライター。75年にアート・ガーファンクルとライチャス・ブラザーズが相次いでスティーヴ・イートンの曲を取り上げ、アート・ガーファンクが歌ったのは「Rag Doll」ライチャス・ブラザーズ歌ったのは「All You Get From Love is a Love song」さらにこの曲は77年になってカーペンターズもカヴァーした隠れた名曲です。74年のアルバムなので、まだフォーク・カントリー曲のメロウ・フォーク調アレンジの曲が多かったのですが、爽やかな歌声とメロウな曲調はAORを先取りした感じもありました。AORが産まれる前の甘口のポップ・サウンドで、ソフト・ロックの元祖とも称される70年代の名盤です。
「Hey Mr. Dreamer」
「All You Get From Love Is A Love Song」
「Rag Doll」
おまけでカーペンターズの「All You Get From Love Is A Love Song」
日本ではこの人達もカヴァーしていました、キャンディーズの「ふたりのラヴ・ソング -All You Get from Love Is a Love Song-」シングル「アン・ドゥ・トロワ」のB面でした。
Simon&Garfunkel Parsley,Sage,Rosemary And Thyme [CD]
パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム(期間生産限定盤)
- アーティスト: サイモン & ガーファンクル
- 出版社/メーカー: SMJ
- 発売日: 2016/12/21
- メディア: CD
「パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム』は、サイモン&ガーファンクルが66年に発表したサード・アルバム。ボブ・ジョンストンがプロデュースし、2人のアーティスティックな方向性を強く打ち出したアルバムで、このデュオの創造性の素晴らしさをうかがわせた作品でもある。前年のポール・サイモンのイギリス滞在期間中に書かれたアコースティック曲で構成されており、彼のデビュー・ソロである「ポールサイモン・ソングブック」収録曲のセルフ・カヴァーなどで構成されていて、ニューヨーク出身の2人ですが、イギリスの匂いが感じられるアルバムでした。1曲目に収録された「スカボロー・フェア/詠唱」は、イギリス民謡「スカボロー・フェア」の歌詞の一節から取られており、それに「ポール・サイモン・ソングブック」(1965年)で発表した自作曲「ザ・サイド・オブ・ア・ヒル」の一部を織り込んだ曲は素晴らしく、またアート・ガーファンクル主導の美しい曲「For Emily, Whenever I May Find Her」や、面白い曲としては「A Simple Desultory Philippic」の曲の中で、ポール・サイモンはボブ・ディランのハーモニカや歌を模倣しています。基本的にはアコースティック・ギターをメインにしたフォークないしフォーク・ロックなのですが、驚くばかりに緻密な質感を生み出していて、サイモン&ガーファンクルの独自な世界を生み出していて、彼らの評価を決定的にしたアルバムでした。
「Scarborough Fair/Canticle」
「Homeward Bound」
「The 59th Street Bridge Song」
「For Emily, Whenever I May Find Her」
「A Simple Desultory Philippic」
Art Garfunkel Breakaway [CD]
「ブレイクアウェイ」は、アート・ガーファンクルの2枚目のソロ・アルバム、75年にリリースされました。カーリー・サイモンやリンゴ・スターなどのアーティストをプロデュースしたリチャード・ペリーによってプロデュースされ、カヴァー曲や外部のライターの書き下ろしのみで構成されたアルバムで、その作曲陣はスティーヴィー・ワンダー、スティーヴ・イートン 、ブルース・ジョンストン、アントニオ・カルロス・ジョビン、アルバート・ハモンド、ギャラガー&ライル、スティーヴン・ビショップ、そしてポール・サイモンで、このうち、「I Only Have Eyes for You」「Break Away」「My Little Town」「I Believe」の4曲がシングル・カットされています。幅広く意欲的な選曲ながら、アート・ガーファンクルの声にマッチしたアレンジは統一感があり流石の仕上がりになっています。
アルバム・ジャケットの写真で、クールに煙草を吸う左側の女性は女優のヘレナ・カルアニオテスとアート・ガーファンクルにしなだれかかる右側の女性は、恋人のローレン・バード(この数年後に亡くなっていしまう)である。
「I Believe」スティーヴィー・ワンダーの作曲で72年のアルバム「Talking Book」から
「99 Miles To L A」アルバート・ハモンドの作曲で75年のアルバム「9. 99 Miles From L.A.」から
「Breakaway」ベニー・ギャラガー&グラハム・ライルの作曲で76年のアルバムアルバム「Breakaway」でセルフ・カヴァー。
「Disney Girls」ブルース・ジョンストンの作曲でビーチボーイズのの71年のアルバム「Surf's Up」から。
「Looking For The Right One」スティーブン・ビショップの作曲で78年のアルバム「Bish」でセルフ・カヴァー。
「My Little Town」ポール・サイモンの作曲で75年のソロ・アルバム「Still Crazy After All These Years」に収録。